※表紙絵は後日





長い砂利道の先にあったのは、予想よりも沢山の家が集まった、小さな町だった。
城壁の外ではあるが、町の入り口に立てられた看板には、やはり”シルヴィド王国領”と書いてある。
”ヘルヴァス”、と名前までつけられていた。

旅人も多いのか、人通りの多い町の真ん中を通るこの道には、野菜や果物以外にも、服など様々な物を売る露店が並んでいる。

その中を、ソワネとレノは、2人歩いていた。
レノは目的地が分かっているのか、人の波に流される事も無く、ただ人をかき分けて真っ直ぐ進んでいく。
その後を、町に入る前に逸れぬようにと手を繋がされたソワネは、周りをきょろきょろと見回しながらついて行っていた。

やはり、広い森を抜けただけあり、環境が違うのか、城下町へと来る商人の店以外では見た事の無い食物や布地で作られた衣服などが並んでいる。
露店の店主も、揃って道行く人々に声をかけているためかなり騒々しい。
ソワネ達も、幾度か声をかけられた。前を行くレノは、完全に無視していたが。

やがて町の中央にさしかかってきたのか、露店は少なくなり一軒家と共に小さな商店が並び始める。
町人向けではあるが、旅人を拒む訳でもなく、こちらも客引きの為か道行く人々に声をかけている。

レノはそのどれにも反応する事なく、やがて目的の店を見つけたのか、一度止まり手を繋いだままのソワネの顔をチラリと見やり、他の店と違い閉じたその店の扉を開けた。

店の中は、乱雑こそしていないが、棚に並ぶ商品はかなり不揃いであった。
新品から古ぼけた物まで、同じ物は少なく、1つ1つに小さな札に値段が付いている。
衣服や装飾品、籠や華やかなジュエリーボックス、食器など小間物から明らかな武器までが棚や壁に立てかけられ並んでいた。

「…質屋だ」

辺りを見回すソワネにレノは静かに声をかける。
古物商も担っている、と呟くように付け足した。

そこでレノはやっとソワネの手を離し、その場にいるように伝え店の奥のカウンターの椅子に腰掛ける店主と思わしき中年の男の前にケースを差し出し声をかけた。

恐らくこれは、聞くべき話では無いと思いソワネは気を逸らす為にまた店の中を見回し始めた。

壁や棚の上に並ぶ商品だけでなく、壺など床に直に置かれた物もあれば、よく見れば天井からぶら下がるシャンデリアなどにまで値札が付いていた。大小あるが、王城にあったものに比べると、ソワネにはかなり小さく感じる。
その下には、蝋燭なども並んでいる。
店の奥の方を見れば、何も入っていない額縁などと共に、また額縁に入れられた絵画なども売られていた。その隣には、瓶に雑に入れられた筆や、画材と思わしき箱が幾つか並んでいた。

王城で、数々の歴史や作法以外の勉強の一環で油絵を習わされていた事を思い出す。
楽器や踊りなど音楽に関するものは父同様壊滅的であったが、絵だけは、何となく楽しかった思い出がある。父はよく褒めてくれたが、…師や使用人の顔付きからして得意ではなかったようで、父の死と共に辞める事になった。
…それでも、暇な時に誰にも見つからぬようにこっそりと、跡を残さぬように魔法で空中に絵を描いていた事も思い出す。裏庭に来る鳥達と戯れながら、維持は難しく殆ど唯の線や丸となっていたが。


店内を歩き回る気にもなれず、その場に立ったまま辺りを見回すソワネの目が1つの蝋燭に留まる。
シャンデリアの蝋燭達とは別に、装飾品に囲まれただ1つ佇む、他と比べて太く大きな蝋燭。円い面には見た事も無い模様が刻まれ、ただの白い蝋燭だが、時折その線に沿って反射した光が別の色に煌めくように見えた。
微かに、魔力のようなものを感じ、ソワネは不意に、引かれるように手を伸ばす。

「イスザ」

ここに来るまでに幾度も呼ばれた名に、思わずその手を引っ込めた。

「…触るな」

見上げた顔は、肩越しにこちらを振り返り睨んでいる。
今までもずっと見ていたのだろうかと思ったが、そうではなかったようで、ソワネが何も言わぬうちにまた店主の方へと向いた。

…多少は慣れてきたが、それでも、己の名と違う名を呼ばれるのは、なんだか、変な気分だ。
レノも、こういう気分だったのだろうか。
…いや、レノは元々名前が無かったのだから……どういう、気分なのだろう。
名付けた時のあの顔が思い浮かぶ。嬉しそうに笑ってはいたが、何処か、悲しそうにも見えたような、気がする。
時折考える、本当に自分で良かったのかと。

考えても仕方ないと、ソワネは今度は触らぬように、ただ蝋燭を眺める。
不思議な模様だ。魔力が込められてる事は確実だが、今までに見たどんな魔法の模様とも違っていた。
鳥のようにも見える絵と、線に挟まれた記号のような物は文字のようにも見える。
もしかしたら、ソワネが教えられてきた物よりも、もっと遠い地域の言葉か、ただ古い言葉なのかもしれない。
それならば、レノがどうやって気付いたのかはわからないが、触るなと言ったのにも頷ける。
それに込められたのがごく少量の魔力でも、魔力を持った者が不用意にそれに触れば何かしらの反応が起きる。それと違う魔力を持っているのならば尚更だ。この蝋燭の模様がどんな効果をもたらすのかはわからないが、試してみる気もない。

他にもこういう物があるのだろうかと、辺りを見回しているうちに、店主との話が終わったのか、レノがカチャカチャと音の鳴る巾着を上着の内側に仕舞いながら此方へ歩いて来た。

「イスザ。…終わった。」

服と共にケースごと売ったようで、水の入った瓶のみを持っている。
そして、ソワネが眺めていた蝋燭をチラリと見たかと思えば、それを持ち上げ値札を確認した。

「っ、レノ、」

レノも、得意ではない、と言っていたとはいえ、どれくらいかはわからないが魔力を持っている。

「…大丈夫だ」

焦るソワネに言い聞かせるように言った後、
「欲しいか」、と問う。
キラキラと光に煌めいていた模様は、レノが掴んでいるところだけは、微かに黒く淀み始めた。

言葉に詰まるソワネに、レノは促すように蝋燭を差し出す。
ソワネに近い部分は、ソワネの魔力に反応したのか、強く煌めき出した。

「いや、……邪魔に、なる」

…興味はあるし、欲しくないと言えば嘘になるが、これから何があるかもわからぬうちに無駄に荷物を増やすべきではないと考えた。

「本当に?」

レノはそれすら見抜いているのか、蝋燭から目を逸らすソワネにニヤニヤと笑いながら問いかける。
しかし、頷くのを見て、静かに蝋燭を戻した。
見上げた顔はいつもの無表情に戻り、ソワネの手を取って、店を出る為扉へと向かった。



外に出て、扉を塞がぬようにその横で立ち止まる。
どうするのか、とその顔を見上げて目で問うソワネに、レノは小さな声で呟くように答えた。

「…前に…この町に、情報屋が居たんだが、今は別の街にいるらしい。その場所を服を売るついでに訊いた。だからまずはそこへ向かうが…」

ソワネを一瞥し、町中を見回す。

「その前に…。」

その続きを言わぬまま、ソワネの手を引っ張り人の波を歩き出した。





つづく